ママンよりあなたへ…


by fuku_mama
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血のつながり

トッコちゃんの大きな間違いは
私という人間が、何でできているかを忘れてしまっていた
または、理解していなかった事だ。

おそらく邪魔だったであろうこの娘は、君の愛する夫と前妻でできている。
そしてその親族の血を脈々と受け継いでできた結晶だということ。

血のつながった親が、子供になにをいっても大丈夫。
同じものを持っているから、心で消化できるのだ。
血のつながりがあると、怒っていても自分にも同じところがあって
そこに切ないものを感じつつ怒っているもので、それをこどももうすうす感じとっているものだ。
でも他人が同じ事をいうと、ひどく傷が残る。
体罰も同じ。
ある意味未消化のままいつまでも心に残ってしまうもんなのだ。
そこらへんもう少し思いやりを持って接してくれればと
いまおなじ境遇にある 継母さんにいいたい。

やられた子は ゆるさなければならない立場ゆえに
ゆるそうとするのだけれど 許せない自分がいてそんな自分が切なくなって
しまうものなのだ。
by fuku_mama | 2008-12-04 11:11 | ママン日記

嫌われ松子

人生、一つ歯車が狂うとそのあととことん歯車が狂ってしまうことは
よくあること。
ほんのちょっとのずれが、なかなか修正できずに
思っている未来から、どんどん離れていき
自分の思っている事を説明するも、わかってもらえず
もぅ いいや。 なんでも。
トッコちゃんの思っている私でいいです。
あなたのすべていう通り。
そっちのが楽でいいもん。
オトナになってここでるまでは、ずっとそれでいこう。
ばかでうそつき。
トッコちゃんのご機嫌が良くて、父さんがしあわせならばいいです。

じつにこの状態によく似た映画がある。
「嫌われ松子の一生」という作品だ。
機会があったら一度みてみてほしい。とてもいい映画で
ママン的には今年見たうちで、イチオシの映画だ。

松子の父親に対する思いがとても似ていて笑った。
男性遍歴は、小僧がいたせいでかなりちがっているが
いなかったらかなり似た線をたどっていただろう。(笑)

私は子供のころから、今でもだけれど理想の母親像を大切にしてきた。
私の中のおかあさんには、きれいなお母さんという定義は皆無だ。
あたたかなぬくもりたっぷりで、元気で明るくて、料理がうまくて
魔法のようにいろんなおやつを出してくれて
だれよりも家族の事を応援していて、すなおであほがつくぐらいまっすぐで
一日三回はあたまなでてくれるおかあさん
子守唄がうまくて 寝る時はとんとんしてくれるおかあさん

こんなものを目指して、がんばってみた。
by fuku_mama | 2008-12-03 10:15 | ママン日記

うそつきのはじまり

トッコちゃんの父親は鍛冶職人だ。
自宅の土間で、コークスを炊いて火をおこし鉄の棒を焼く。
真っ赤になった鉄の棒を、カーンカンカンカンカンっと専用のハンマーでたたいて
先を尖らしていく。両方尖らした鉄の棒を奥さんであるばーばが、大きなプレス機械をつかってコの字にまげて製品にする。
家の柱と柱をささえる大切な釘だ。
夏の酷暑の時期は除き、いつでも土間にはコークスが焼かれていた。
土間をあがるとみんなが食事をする6畳ほどの部屋があって、その奥が台所。
階段を上がるとひろい12畳くらいの細長い部屋があって、お泊まりのときは
そこに寝泊まりさせてもらった。二階はじーちゃんとトッコちゃんチーちゃんミーちゃんが寝るようになっていて、手前側の部屋にはオルガンや勉強机があった。
勉強机はふたつあって、片方がトッコちゃん。もう片方はチーちゃん。ミーちゃんはまだ小学生だったので折りたたみのおぜんをつかっていた。
昭和30年代後半から40年代にかけて、普通に見られる下町の光景だ。
ちなみにチーちゃんとはトッコちゃんのすぐ下の妹。ミーちゃんは末の妹である。

初めてあった時のこの3人の印象は、小さい私にはこうみえた。
すぐに怒るトッコちゃん。 いいたい事いうチーちゃん。
やさしいミーちゃん。
ミーちゃんは一番ばーばに性格が似ていて、上の二人にやいのやいのいわれる
わたしにそっとやさしくしてくれた。

私が一度しばらく北海道に預けられて、母の実家のチーちゃんやトッコちゃんと年の変わらない伯母さんたちと涙の別れをして東京に帰ってきていきなり事件は起きた。
わたしが実母の妹から贈られたペンダントをみて、トッコちゃんが
「私のペンダントをあけみが盗んだ」といってみんながいる夕食のときに返せときた。
わたしは、これは秀子おばちゃんにもらったものだといっても、きいてもらえず
それはトッコちゃんの手に渡った。
ほんとはほんとは渡したくなかったけれど、その頃わたしは子供ながらに自分の立場がわかっていた。お世話になるところでかわいがってもらうにはどう動いたらいいかを。
たとえ自分が正しくても、その家にいる時はその家の人をたてること。
そうしないと、困るのはただ一人しかいない肉親のお父さんであると。

紫のペンダントはトッコちゃんがいうには、わたしの父からもらったということだった

なら・・きっと大切にしてくれるんだろうな。

そう思ってペンダントを差し出した。トッコちゃんはペンダントを手にして
「うそつき!!」
と吐き捨てた。それを見ていたチーちゃんもうそつきうそつきとはやしたてた。

もーなんでもいいや。私の事は私がわかればいいんだもん。
ごめんね。ひでこおばちゃん・・・・

わたしはその夜、お布団の中に潜って自分の心を飲み込んだ。
5才の春の事だった。
by fuku_mama | 2008-12-01 14:45 | ママン日記